解説
1 経理担当者にとって気になる?点
仕事上、「間違ってもいい」といわれることは、日頃あまりないと思います。まして経理担当者の方は、新人のころから「会計処理は間違ってはいけない」と言われ続けていると思います。
ですので、「間違ってもいい」と言われれても、その真意が分からないかもしれません。
2 経理担当者に理解してほしい点
監査法人が「間違えてもいい」と敢えて言うのは、会社の決算スケジュールが予定より遅くなっている状況や、外部へ決算数字を公表する直前のタイミングで比較的少額が会計処理誤りが発覚した状況、であろうと思われます。
実は、経理担当者が決算処理を一定金額まで間違ってしまい、そのまま訂正しなくても、監査意見は、通常、無限定適正意見になります。
ですので、その「一定金額」が凡そ見えているようであれば、監査法人は後述の「監査意見に対する審査」の準備のためにも、決算金額を早く確定させたい、という事情があります。
公認会計士監査の目的は、企業の財務情報の信頼性の保証にあり(公認会計士法1条・要約)、企業の経営者が作成した財務諸表が、企業の実態をすべての重要な点において正確に表しているかどうかについて監査し、その結果を意見として表明することにあります。
以上のことを実行しようとすると、
① すべての重要な点(→会計処理と表示)について、
②会計基準・監査の基準等に照らして、正しいかどうかを判断し、
③全体として、〇(→無限定適正意見)か、△(→限定付適正意見)か、×(→不適正意見)か、pass(→意見差控)かのいずれかかを、結論付ける、
という一連の作業をすることになります。
まず、以上の①については、現在の公認会計士監査では、「リスクアプローチ」という考え方に従ったやり方によって、監査上、重要と認識した重要な点に絞られる、という理屈になっています。
ざっくり言いますと、監査法人自身が「ここが監査上リスクだ」と、自らが判断したところが重要な点となります。(ただし、「リスクアプローチの考え方に基づいたとしても、極端な例で、たった1か所だけを取り上げて監査上のリスクはここだとし、そこだけを監査してオワリとした」というような手抜きは許されませんが。)
そして、以上の②の過程で、本来正確な処理との乖離の金額を集計していきます。
そして、最後の③では、
・②での差額を累積した結果としての「合計金額「と、
・事前に決めておいた「最大これくらいの間違いは許容される」とした「枠の金額」
とを比較し、「合計金額」が「枠の金額」に収まっているか否かで判断されることになります。
つまり、経理担当者としては、「会計処理・表示の金額を間違えてはいけない」と消極的に解するのではなく、「一定金額までは間違えても許容される」と積極的に解する余地があるということです。
そして、この「一定金額」「枠の金額」が、「監査上の重要性の基準値」と称するものです。
なお、上場会社では、財務諸表監査とセットで内部統制報告制度(以降、本書では「JSOX」と略記します。)が導入されており、会計処理の誤りがあると、統制の不備に基づく影響額という形でカウントされていきます。
このために、「いやいや、JSOXのことがあるから、やはり会計処理は間違えられない」と思い直してしまう経理担当者がおられるかもしれません。
ここでは、「経営幹部の不正等を除けば、監査法人とコミュニケーションをとって決算・監査・開示の業務を遂行している限り、JSOXの監査意見上、一定額までの会計処理誤りがJSOXの開示すべき重要な不備になることは、通常ない。」と申しておきます。
その理由は、JSOXと監査上の重要性の基準値の関係を詳述した、後の章をご覧ください。
そのため、以上で述べました、「一定金額までは間違えても許容される」という積極的な考え方は、さらに進めると、「決算を早期化するために、時間がかかっていた項目を概算で計上してしまうこと」も、その金額の大きさによっては許容されることになります。
3 念のため補足する点
誤った金額を、そのまま修正しないということは、その分、「修正しなくても許容される金額が減る」ことにはなります。「枠が減る」という感じです。
ですので、当然に、決算上、金額に間違いが無い方が望ましいのは、当たり前です。「金額に間違いがあっても、『許容』できる」というニュアンスです。
なお、以上の説明では、不正その他のイレギュラー要素すなわち質的重要性のある事象はないことが前提でした。そのようなイレギュラー要素がある場合は、次のテーマで検討します。
【経理担当者にとって】
決算の誤りは、一定金額は許容される。