上場会社の監査法人の交代、会計監査の実務などを解説しています。

41 監査法人は、なぜ分析的実証手続にあれほど拘るのでしょうか?(2025/1/10字句修正)

解説

1     経理担当者にとって気になる?点

監査法人は期末の実証手続を実施する過程で、直接間接に、分析的手続を多用します。その際に使用する資料はエクセル形式の(親会社を含む)連結各社の試算表、支店別の試算表などが代表格ですが、そのため分析的手続に使うための資料を監査法人から求められる経理担当者も多いと思われます。

経理担当者の方からみると、「趨勢や増減だけ見るだけで個々の内容を見ないなんて手抜きだなあ」「数字の羅列なら、自分たちで作ればいいのに」と思われるかもしれません。しかし、監査人にとって、分析的手続はいろんな意味で有効であるため、ついお願いしてしまうという事情もあります。

しかし、以下では、分析手的手続と似て非なる「分析的実証手続」について説明します。

2     経理担当者に理解してほしい点

まず「分析的手続」とは、財務データ間または財務データと非財務データの間にあると見られる関係を推定し、分析・検討する監査手続の総称です。具体的には趨勢分析、比率分析、合理性テスト、回帰分析などがあります。

しかしどれも「財務諸表全体を対象とする、実証手続まではいかない手続、実証手続の前提や周辺の手続」に留まるものであり、「期末に科目ごとの残高の妥当性を検討する実証手続」とは次元が異なります。しかし、その違いが分かりにくいものがあります。

例えば、受取利息の実証手続を考えます。
受取利息の計上額の妥当性を確認の仕方には、
①預金ごとに金融機関から郵送されてくる大量の利息計算書の記載金額と突合する、
②預金の残高推移に加重平均的に算出した利率の数字を乗じて受取利息を算出し、計上額と近い金額だったらそれでOKとしてしまう、
が考えられます。

1円単位で正しい金額を求めるのであれば①の手続でしょう。しかし会計監査では僅少な虚偽表示は許容のため②でも許容されます。分析的実証手続はまさに上の②の手続になります。

ここら辺を都合よく活用する(!)ために、以下のように用語が監基報330で定義されています:

実証テストは、会計監査における実証手続の一種。

・実証手続は、勘定科目における重要な虚偽記載を検出することを目的とした検証手続。

・実証手続には、分析的実証手続と詳細テストの2つの種類があります。

このように整理することにより、(見かけが分析的手続でも)上の意味で実証手続的に適用したものを、実証手続の範疇に取り込んだと言えます。

急いで付言しますが、分析的実証手続で済ませていいと許容されるためには、その結果の確度が詳細テストを直接実施したときと同等であることが求められるのは当然です。そのため、分析的実証手続を実施する際には、「①仕訳データ以外のデータの駆使し加工して推定値を算出し、②それが会社の計上額と概ね一致していて、③なお使ったデータの信頼性も検証する」の3点をクリアすることになります。

上の①②を満たすためには、相応の有用なデータを活用する必要があります。使う前に③の検証も必要です。
例えば「販売費及び一般管理費の内訳である給与手当a/cに対して分析的実証手続を適用する」際には、経理部では通常持っていないデータ、たとえば、固定費的な給与データ(=管理職)とそれ以外の給与データに区分したデータ、残業代と残業時間のデータ、等が必要になります。経理部の会計ソフトから仕訳データをCSVデータを掃き出したものだけではデータの粒度が大きすぎて分析には不適当です。給与計算の担当の総務部の給与ソフトにプールされている個人ごとの給与データを、経理部を経由して入手する必要がありそうです。

3     念のため補足する点

「たとえばある科目について、例えば通常の実証手続を適用すれば3日かかるところ、分析的実証手続をメインにして2日で済ませられる」のならば、期末に作業時間が足りない監査人としては、期末の監査時間が節約できることになります。いや、究極的には、「もう全科目、分析的実証手続で済ませたい!のが本音です。

しかしさすがにそれはいきすぎ(手を抜きすぎ)です。実際、大手監査法人の監査マニュアルでは、状況ごとに、実証手続として分析的実証手続を使用してよい割合が規定されています。監査チームは「それ以上はもはや実証手続をしないといけない」という縛りをかけられている、とも言えます。

しかし実務上はそれに逆行するケースもあるようです。平成の終わりに発覚した会計不正事件の際に、この分析的実証手続の確度が不十分であると、金融庁等から指摘でやり玉にあげられました。それに呼応するように、監査法人の品質管理部門から、「分析的実証手続を適用する際には、例えば「その対象金額を生成する会計システム等の信頼性を確認するというひと手間(どころではない手間)が必須」という方針が指示されたところもあるそうです。

ですので監査チームによっては、従来より手間がかかるようになった分析的実証手続を減らし、本来の実証手続に戻っている。そのため会社に依頼して膨大な証跡を全国から本社へ取り寄せてもらって実証手続をしている、という話も見聞きします。

結果的に分析的手続の難易度が上がってしまいました。「従来、誠実に監査対応をしてきた上場会社の監査人が割を食っている」、そんな状況かもしれません。

【経理担当者にとって】

監査対応の手間を考えると、分析的実証手続で済ませてくれた方がトータルでの監査対応作業は少なくなるはずなので、協力してあげましょう。

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